意外と知らないサンタクロースのモデル…誰だか知ってますか?

トナカイに乗って、真っ赤な服を着て、白くてふさふさのおひげをたくわえ、太っちょな体格。

サンタクロースのイメージといえば、こうしたイメージを多くの人が共通で持っていることかと思います。

ただ、このルーツを知ってる人はあまり多くはいません。

一体、サンタクロースのモデルは誰なのか?

どうして今のようなイメージになったのか?

この歴史と移り変わりについて紹介していきます。

サンタクロースのモデルは誰?

サンタクロースのモデルは『聖ニコラウス』という人物です。

彼には、聖人たるエピソードがいくつもあります。 

そんな彼の話ですが、17世紀にアメリカへ移住してきたオランダ系のプロテスタントたちにより、その物語はアメリカへと広まっていきました。

初期のサンタクロース

初期のサンタクロース誕生とも言えるのが1809年、アービングという作家が書いた「ニューヨーク史」に起源があります。

この作品には馬に乗ってやってくる聖ニコラウスが作品の中で登場してきます。

ここがポイントなのですが、「トナカイ」ではなくて「馬」、「サンタクロース」ではなくて「聖ニコラウス」というのがまだファンタジー感がありませんね。

ただ、このイメージが時を経つにつれ、徐々に姿を変えていきます。

サンタクロースの移り変わり

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決定的に今のイメージのサンタクロースへと変化したのが、1823年に詩人のクレメント・ムーワの作品「クリスマスの前夜」の影響です。

クレメント・ムーワが考えたサンタクロースがいったいどんなものだったのかというと、、

まず、ソリを引くトナカイが登場します。

そして、サンタクロースのしぐさや喋り方、笑い方などの細かい設定もされています。

そして、妖精のサンタクロースが煙突に登るといった私たちの知っているサンタクロースにかなり近い形になりました。

そしてさらに見た目を決定づけたのが1869~80年頃。

当時、活躍していた挿絵画家・風刺漫画家のトマス・ナストが「ハーバーズ・マガジン」のクリスマス号に描いたサンタクロースは、赤い服を着ていて、メガネをかけていて、太っていました。

さらに、このサンタクロースの仕事場は北極にあり、良い子と悪い子が分類されたリストを持っている、という設定もされていました。

これで、私たちが知っている今のサンタクロースのイメージの出来上がりです。

こんな具合にサンタクロースのイメージは、初めから固定されていたワケではなく、紆余曲折を経て、現在の形になったのです。

もし、サンタクロースのイラストを描いた人が細く痩せていてピンクの服を着ていた女性だったら、現代のサンタクロースのイメージも女性であったかもしれません。

サンタクロースが広まった背景

私たちが知っているサンタクロースの原型が出来上がったのは1860年頃なのですが、実はこの頃はまだサンタクロースという存在は普及していませんでした。

形は出来上がっているけど、まだ広まっていないんですね。

では、一体いつ頃から普及してきたのかというと、イメージの原型が出来上がってからおよそ70年後の1930年~1940年です。

この時期にかけて、かの有名な大企業「コカ・コーラ社」が、広告のイラストとしてサンタクロースを起用したことがきっかけでサンタクロースの知名度が爆発的に上がりました。

これがきっかけでサンタクロースの存在がまずアメリカ全土へ広がり、今度は世界中で、現在のサンタクロースのイメージが浸透していきました。

サンタクロースは年代を重ねる毎に設定が細かく変化していき、昔は貧しい人々を救うという設定だったのですが、現代では子供たちに、プレゼントを贈るという設定になっています。

そして、今ではクリスマス商戦のためのイメージキャラクターへと変貌していきました。

こうした商業的な利用によって反感を呼ぶこともあり、伝統を重んじるドイツのフランクフルトにあるカトリック団体では、「サンタクロース進入禁止」のステッカーを配るなどして伝統回帰運動も繰り広げられました。

まとめ

愛されキャラのサンタクロースもこうした紆余曲折を経て、今のサンタクロースのイメージを形作っています。

昔はサンタといえば「おじいさん」が定番イメージでしたが、女性進出が盛んになってきてからは「女性サンタ」も増えてきました。

昨今ではサンタではありませんが、「こども店長」や「ギャル社長」なる存在も生み出されています。

もしかしたら時代が進むにつれ、「こどもサンタ」や「ギャルサンタ」なんて新しいバリエーションのサンタクロースも増えていくのかもしれません。