年越しそばは正月ではなく節分に食べるものだった!?

年越しそば

節分と聞いて思い浮かぶのは、豆まき、恵方巻きなどですよね。

実は、昔は節分の日にお蕎麦を食べるという
習わしがあったのをご存知ですか?

しかも、

節分に食べるそのお蕎麦を「年越しそば」と呼んでいたそうです。

今私たちが「節分そば」と呼んでいるお蕎麦は、
実は年越しそばだったのです。

お正月が過ぎた1か月後に年越しそばというのも
何か変な感じがしますよね。

では、なぜ年越しそばが節分そばとなったのでしょうか?

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節分なのになぜ年越しか?

江戸時代では、毎月月末になるとお蕎麦を食べる
「晦日そば」という習慣が存在したそうです。

そして、節分のときに食べる蕎麦を
「年越しそば」と呼んで食べていたそうです。

なぜ「節分=年越し」かというと、

実は「節分」とは、季節の変わり目を指す言葉です。
2月だけにあるわけではなく、

年に4回、

立春・立夏・立秋・立冬

それぞれの前日を指します。

そして、4回ある節分の中でも、節分というと、
春の節分を主に指して使われていたそうです。

昔は節分が一年の終わりだった

立春の前日の日である節分は、
「大寒の最終日」でもあります。

この日は、冬から春への節目の日として江戸時代の人々は大晦日ではなく、
節分の日を本当の年越し(立春が年の初め)とし、

節分の日に食べるおそばを
年越しそばと呼んでいたそうです。

今と昔とでは、年の初めの概念が少し違ったのです。

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お正月と節分

風水では立春から新年が始まると言われています。

先ほど江戸時代の人々は立春を年の始まりとしていたと
書きましたよね。

では、立春が新年とするならば
お正月はいったい何なのでしょうか?

これには、旧暦が関係してきます。

現在は、太陽暦と呼ばれる暦が一般的なので、
お正月が1月1日で節分が2月3日です。

しかし、昔は、旧暦の方が一般的だったのですが、
旧暦だと、元旦と節分は数日しか違わなかったのです。

そういったこともあり、昔の人々は節分も
お正月の行事の1つとしていました。

節分のせいで昔の人は混乱していた!

1年の始まりが元旦なのか、立春なのか?

実は、昔の人々はこれが原因で混乱していたそうです。

平安時代の人物に在原元方という方がおられるのですが、
その人物が残した言葉に以下のものがあります。

年の内に春は来にけり
一年を去年とやいはむ
今年とやいはむ

これは、年が明けないうちに立春になってしまったが、
昨日までの1年は去年と言うのかそれとも、今年と言うのか。

という意味になるそうです。

現代では、2月3日が節分の日と固定されていますので、
このような問題が起きません。

人が進歩を遂げると同時に、暦も進歩していったのです。

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コメント

  1. 光木 保臣 より:

    「現在は、太陽暦と呼ばれる暦が一般的なので、
    お正月が1月1日で節分が2月3日です。

    しかし、昔は、旧暦の方が一般的だったのですが、
    旧暦だと、元旦と節分は数日しか違わなかったのです。」

    「現代では、2月3日が節分の日と固定されていますので、
    このような問題が起きません。」

    上に引用した部分は間違いです。
    「節分」は固定されていません。
    その証拠に2020年の節分は2月4日です。
    「旧暦だと、元旦と節分は数日しか違わなかった」わけではありません。

    「節分」は「立春」の前の日です。
    「立春」は「現在の天文学では太陽黄経が315度の瞬間」で,暦ではこの現象が起きる日です。
    現在の科学的知識が無くても「昼と夜とが同じ長さである」ことや「お日様があそこから登る」ことで立春は確実に分かっていましたから節分も自動的に分かります。
    そして1年に13ヶ月ある閏年には節分や立春が元旦より早くくることもありました。
    在原元方の歌が示している通りです。
    文化十一年の節分は12月27日,十二年は12月15日です。

    立春や節分は自然現象を基準に定めているのに元旦はそうではない。
    ですからズレるのです。